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一人ひとりに合った場をつくるための「余白」
新井 このたびは「東京都立大学日野キャンパス6 号館」と「川越市立月越小学校」を二日間にわたって視察していただき、ありがとうございました。本日はこの二つのプロジェクトを題材にして、学習や研究活動とそれをサポートするための空間について語っていただければと思います。
上野 今回、座談会を行うにあたって、なぜ月越小学校(2006 年竣工)を俎上に載せようと考えられたのですか?
新井
5年ほど前から順次改訂されてきた学習指導要領において「主体的・対話的で深い学び」という“ 学び方”を提示していることが、すごく画期的だと感じておりました。それに伴って学びの空間のあり方を「オープン」にしていくことの必要性も高まると感じているのですが、私たちの設計のなかで最もオープンな学習空間を実現できたのが月越小学校であるため、これからの学習空間や学び方を考え、オープンな空間をどのように活用できるのかを教えていただくのに、一番ふさわしい場所だと考えました。
主体的・対話的な学びの重要性については、先生方や研究者の論文などでも指摘されてきたわけですが、これから学校をつくっていこうという自治体の方々にお話をする際に「なんで、こういうオープンな環境が必要なの?」と尋ねられて、これまで納得していただけるような説明がなかなかできなかったということもございます。学習指導要領の改訂を受けて、これからの教育施設に関わる設計者がどのような空間をつくっていくべきなのか、ご意見をうかがいたいと思った次第です。
倉斗
私もずっと、オープンスペースを含む、個々の子どもたちの学びに適した学びの環境づくりについて研究してきました。「主体的・対話的で深い学び」というのは、個別的な学びと一貫するものなのではないかと考えているのですが、最近はオープンスペースの使われ方と教師の多忙化はすごく関係があると考えていて、先生方が連携して学年全体で一つの授業をつくっていくような余力が見られないな、ということを現場で見ていて感じています。
同時に子どもたちも多様化していて、習熟度による差だけでなく、学び方を複数の選択肢から選びたいというリクエストが子どもや保護者からも出てきています。それに対して先生方が限られた環境や時間の中でどうしたらいいか、悩まれているようなところもあると思うのですが、見学させていただいた月越小学校のように、教室以外の空間があることが、そうした課題のカギになると思います。
また、働き方についても、今日のオフィスではABW(Activity BasedWorking)という考え方がありますが、子どもたちの学び方についてもABWで、一人ひとりに合った場をつくってあげられるような「余白」があることが大事になってきています。教室の自席以外に居場所や学び方の選択肢をつくってあげられる余裕という意味で、オープンスペースが近年再び必要とされているのではないでしょうか。
上野
1980 年代から90 年代にかけて、学校建築のあり方に大きな変革の動きがあり、それが現場の先生方の教育活動に影響を与えたことがありました。その後、今世紀にかけては建築空間が教育者に与える影響力がやや薄れてきたという側面があります。おそらく新井さんたちがこの学校をつくろうとしたころは、そういう勢いが衰えていた時期だったかもしれませんね。
話にあった2017 年以降の学習指導要領の改訂にも表れているように、一方的かつ一斉に同じことを同じペースで教えるということ以外に、子どもたちが自立的な力をつけていけるような活動を誘わなくてはならないということが、やっと最近少しずつ認識されはじめているように思います。倉斗先生も参加していただいている文部科学省の会議でも、新しい時代の学びに向けた学校空間のあり方を問いはじめました。
この学校は2000 年代初頭の最先端の事例をよく咀嚼して、自治体ともわたり合って実現したわけでしょう。子どもたちが自立的に学ぶアクティビティを、開かれた空間を通してなんとか誘導したいという意図が伝わってきました。一方で開かれ過ぎてもいけないので、パーティションの役割を果たすようなロッカーを工夫したり、教師のコーナーやDEN(隠れ家)をつくったり、よく勉強しておられると思います。
新井 子供たちにとっては“ 視覚的構造化”、“ 物理的構造化” と言えるかもしれませんが、可動式のロッカーを用意して、オープンな空間であってもたとえばグループワークのための場や領域がつくりやすいように計画したんです。
上野 なるほど。ただやっぱり、先ほど倉斗先生がおっしゃったように、今日の教師の方々は忙し過ぎるとも思います。子どもに寄り添う時間がなかなか取れなくて、自立的な子どもたちの学びになかなかに手を差しのべられないということがある。この学校のように二つの学年の教室が隣接していると、先生方が協力し合ったり、意思疎通したりして、空間が生き生きとしてくると思います。
新井 この学校は子どもの学び方とともに先生の働き方にも気を配って設計しました。たとえば教室のそばに教師コーナーをつけて、先生方の移動の負担を減らすことを意図しました。また、元々職員室のスペースはそれほど広くなかったのですが、会議室の面積と一体にして、会議もできるような憩いの場を設ければ、先生方の働き方も豊かになるんじゃないかと考えました。
上野 教師のワークスペースは倉斗先生の専門ですね。
倉斗 学校の調査や計画に参加していて、オープンスペースも、先生方の動き方を改善しないと機能しないということがわかってきたのがここ数年です。先ほどこの学校の職員室の共用テーブルに先生方の軽食用のおにぎりが置いてありましたが、会議室のような週に1、2 回しか使われないスペースを職員室に取り込んで共用エリアとしたことで、生き生きと使われているように感じました。

